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和歌山地方裁判所 昭和34年(行)10号 判決 1962年7月07日

原告 和歌山港湾倉庫株式会社

被告 和歌山県知事

主文

被告が原告に対し昭和三四年七月二五日にした「原告所有の別紙目録記載の物件を昭和三四年一〇月三一日までに除却せられたく、右期限までに除却しないときは期限後直ちに被告において除却する。」旨の通知処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

一、被告は原告に対し昭和三四年七月二五日、土地区画整理法第七七条第二項の規定に従い、主文掲記の建物等除却通知処分(以下本件通知処分という)をしたが、右通知処分は以下に述べる理由により違法である。

二、右通知処分は土地区画整理法第七七条第一項規定の要件を備えていない。

(一)  和歌山市伝法橋南ノ丁一番地宅地二、五二二坪四勺はもと訴外大和紡績株式会社の所有であつたが、昭和二三年五月二〇日訴外和歌山県がこれを買収し、昭和二四年三月二日所有権移転登記手続をした。そして原告は昭和二三年九月一日頃右和歌山県から右土地のうち一、〇〇〇坪(その後昭和三一年一二月から一、一一三坪七合五勺に増加)(以下本件土地という)を、堅固な建物所有を目的とし、期間を定めず、賃料一ケ月一坪当り金二円(その後数回改訂され昭和三一年四月から一ケ月一坪当り金九円)、年一回支払の約束で借り受けた。そして原告は右賃借地上別紙目録記載の物件ほか数棟の倉庫を建設し、同所において倉庫業を営んでいた。

ところが、右和歌山県は、昭和三四年六月一二日、原告に対し行政上の都合により右賃貸借契約を解除する旨通知してきた。右は前記賃貸借契約条項中「貸主は必要に応じて何時にても右土地の明渡を請求することができる。この場合借主はこれを履行する義務がある」旨の条項に基きなされたものであるが、右賃貸借契約には借地法の適用があり、同法によると、右契約は堅固な建物所有を目的とするものであるから、その存続期間は右契約成立の日から六〇年である。従つて右明渡の特約は借地法第二条、第四条乃至第八条、第一〇条に反し借地権者にとつて不利な定であるから同法第一一条によつて無効のものである。従つて前記契約解除の意思表示は無効である。仮に有効であるとしても、原告は右解除通知受領後である昭和三四年一〇月一〇日に昭和三四年四月一日から昭和三五年三月三一日までの一ケ年の賃料を和歌山県に提供したところ、和歌山県は異議なくこれを受領した。従つて当時右当事者間において更に同様の条件で契約を継続させる合意が成立したものというべきである。

このように原告は、本件土地について賃借権を有している。

(二)  しかるに被告は、右土地に対する和歌山特別都市計画復興土地区画整理事業において換地を定めないこととし、同部分を保留地とした上、昭和三四年三月末頃、和歌山都市計画公園中、湊北公園を同所に設置する旨都市計画を変更し、右工事を施行する必要上、同所にある原告所有の物件に対し、本件通知処分に及んだものである。しかしながら本件土地は前記のように和歌山県の所有であるが、現に公共施設の用に供している土地ではなく、土地区画整理法上は、「宅地」に該当し、現に原告が賃借占有中のものである。従つてこのような事情のもとで原告に対し本件通知処分をすることは、土地区画整理法第七七条第一項所定の何れの場合にも該当せず、したがつて右通知処分は要件を具備しない違法がある。

三、本件通知処分の前提となつた和歌山都市計画事業決定にはつぎのような違法の点がある。従つて本件通知処分もまた違法である。

(一)  本件通知処分は原告が賃借している本件土地の一部(一六八坪)を含む部分に都市計画として湊北公園を設置するための工事を行う必要があるとしてなされたものであるが、右湊北公園は、従前の計画では、和歌山市湊紺屋町二丁目地域内に設置されることに決定されており、同計画はすでに実施され、同公園は殆んど完成していた。しかるに右都市計画事業はその後前記のように変更され、同公園は本件土地の一部(一六八坪)を含む同市伝法橋南ノ丁地域内に設置されることになつた。しかしながら右変更前の公園敷地と変更後のものとはその各中心が約四五米移動するに過ぎないものであつて、このような変更をしなければならない程の理由はない。又変更前の公園敷地は四一五坪であるのに変更後は六六〇坪と計画されている。そして変更後の公園敷地中には前記のように原告において賃借し、地上に建物を所有している一六八坪の土地が含まれているのである。特にこのように原告が賃借している部分まで公園敷地としてその面積を増加する必要は認められない。しかも右部分は原告の営業上重要な場所であつて同部分を失うときは、原告の右営業は壊滅する。このように本件土地の一部一六八坪に湊北公園を設置する旨の前記都市計画事業変更決定は何等必要性の認められないものであつて、権利濫用として無効のものである。

(二)  右都市計画事業変更決定には、単に湊北公園を和歌山市伝法橋南ノ丁地域内に設置するとの表示が存するのみで、その設置場所の地番や範囲が甚だ不明確である。又同決定附属図面には変更後の湊北公園の範囲を肉眼で確認できず、又必要距離の記載がない等不備なものである。従つて同決定はこの点においても違法である。

(三)  右都市計画事業変更決定は、昭和三四年三月三一日付官報によつて告示され、その執行年度は、昭和三三年度と決定されているから右事業を実施することのできる日は右告示日一日のみであるとすると右事業の規模からみて同事業は執行不能といわざるを得ない。従つてこの点においても違法である。

四、更に本件通知処分にはつぎのような手続上の瑕疵がある。

(一)  右通知処分には除却すべき物件が特定されていない。

(二)  被告は土地区画整理法第七七条第二項の規定に基く、除却すべき建物の所有者(原告)及び同占有者(訴外堀幾之助)に対する照会をしていない。

(三)  同法第七七条第一項、第七八条第一、二項、第七三条第二、三項に規定する、右建物の所有者及び占有者に対する損失補償ないしは損失補償の協議をしていない。

(四)  同法第七八条第五項に規定する、右建物についての抵当権者(訴外株式会社第三相互銀行及び同高山和子)に対する補償金の供託をしていない。

(五)  同法第七九条所定の、右建物の居住者を一時収用する施設を設けていない。

(六)  又公園を設置するについては、都市計画法第一六条、第一八条の規定に基き土地収用法が適用されるところ、本件においては、同法第四〇条の手続を経ていないし、又同法第七四条、第七七条、第八八条、第九三条に基く損失補償ないし損失補償金の供託若しくはその予定をしていない。

よつて被告に対し本件建物等除却通知処分の取消を求める、とのべた。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告請求原因事実中、第一項の事実及び第二項の事実中本件土地が、訴外和歌山県の所有であり、原告が同土地を和歌山県からその主張の条件で使用することを許され、同所にその主張のような建物を所有し倉庫業を営んでいること、訴外和歌山県はその後右契約を解除する旨意思表示をしたこと、及び右土地について被告は土地区画整理事業換地計画において換地を定めないこととし、又和歌山都市計画事業が原告主張のように変更されたことはいずれも認める。その余の事実はいずれも否認する。

二、本件通知処分は、後記のとおり、土地区画整理法第七七条第一項「公共施設の変更に関する工事を施行する場合」に該当するとし、同条第二項に基いてしたものであつて適法である。

(一)  本件土地は訴外和歌山県が附近一帯の土地と共に、和歌山市内において土地区画整理事業が行われる場合土地減歩の緩和を図るために使用する目的のもとに買入れたものであつて和歌山県の公用財産である。そして和歌山県は右目的に支障を生じない限度に於て使用を許す趣旨で「知事の必要と認めるときは、何時にても許可を取消すことがある。この場合は直ちに自費をもつて土地の原状を回復し返還する」旨の条件を付して原告に本件土地の使用を許した。従つて右土地使用には借地法の適用はない。そこで和歌山県は昭和三四年六月一二日右約旨に基き右土地使用に関する契約を解除したものである。従つて原告は本件土地を使用する権限を有していない。

(二)  そして昭和二四年二月二三日土地区画整理事業換地計画として本件土地について仮換地の指定がなされたが、その後昭和二五年一二月二〇日雄湊地区土地区画整理委員会の諮問を経た上、昭和二六年一月六日換地計画を変更し、本件土地については換地を交付しないこととし、同所を保留地と決定した。そして昭和三四年三月三一日和歌山都市計画事業変更決定があり、湊北公園を本件土地の一部一六八坪を含む和歌山市伝法橋南ノ丁地域内に設置することとなつた。従つて同所に都市計画として湊北公園を設置することは、土地区画整理法第七七条第一項所定の「公共施設の変更に関する工事を施行する場合」に該当する。従つて同条第二項に基いてなされた本件建物等除却通知処分は要件不備の違法はない。

三、又和歌山都市計画事業変更決定も適法のものである。

(一)  右都市計画変更前の湊北公園は、和歌山市湊紺屋町二丁目地域内に設置されることになつていたが、同所は道路を隔てて和歌山市中央市場に接し、近時同市場が整理拡充されるに至つたため、被告は附近商店街の発展と今後の復興情勢を考え、地区住民の切なる要望と公共の福祉を勘案し、右公園を北寄の本件土地の一部を含む同市伝法橋南ノ丁地域内に変更する必要を認め、同計画を変更したのである。

(二)  また右都市計画事業執行年度は、昭和三三年度であつたが、昭和三四年七月二一日建設大臣の諮問による和歌山都市計画審議会の答申に基き、右事業執行年度を延長する旨決定した。

(三)  又本件について昭和三三年二月二七日計画変更及び事業年度を公示し昭和三三年三月一日から同月一四日まで毎日午前九時から午後五時まで(土曜日は正午まで)和歌山県土木部計画課において図面と共に一般の縦覧に供し質問に応答したが、右期間中何人の異議もなかつた。

以上のとおり本件都市計画事業変更決定には違法の点はない。

四、原告は、被告は本件建物等除却に伴う補償をしていないと主張するが、原告が本件土地上に借地権を有しないことは前述のとおりである。又右除却の対象となる建物については、原告は昭和二三年一二月二〇日同建物建築確認申告の際被告に対し「右建物竣成の後に於ても都市計画街路又は土地区画整理等で必要になつたときは、同事業に支障なく無償撤去致します。」旨誓約している。被告は、このような条件のもとで右申告書を受理したものであるから、本件土地区画整理事業の必要上、右建物を除却することになつても、原告に対し右建物除却に伴う補償をする必要はない。又原告は訴外堀幾之助は本件建物の占有者であるというが、同人は原告の単なる留守番であつて占有者とはいえない。仮に原告主張の補償をなすべきであるとしても、予め補償金の支払をなす必要はなく、右建物除却後において支払えば足りる。従つて現在補償金の支払をしないということは同処分の違法をもたらすものではない。

また原告は、土地収用法上の手続違背を主張するが、本件通知処分については同法の適用はない。

以上のように本件建物等除却通知処分は適法であつて、原告の本訴請求は理由がない

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、被告が、昭和三四年七月二五日原告に対し、別紙目録記載の物件について、原告が主張するような建物等除却通知処分をしたこと、和歌山市伝法橋南ノ丁一番地宅地二、五二二坪四勺は昭和二三年五月二〇日訴外和歌山県が訴外大和紡績株式会社から買受け所有しているものであるが、原告は和歌山県から右土地の一部一、一一三坪七合五勺を原告主張の条件で使用することを許され同所に別紙目録記載の建物ほか四棟の倉庫を建築所有し、同所で倉庫業を営んでいること、訴外和歌山県は昭和三四年六月一二日約旨に基き、右「土地の賃貸借契約を解除する旨」意思表示をなしたこと、及び被告は昭和二六年一月六日和歌山特別都市計画復興土地区画整理事業において、換地計画として右土地については換地を交付しないこととし、同所を保留地とした上昭和三四年三月三一日和歌山都市計画事業を変更し都市計画公園中、湊北公園を本件土地の一部を含む和歌山市伝法橋南ノ丁地域内に設置することとし、本件通知処分をするに至つたこと、は当事者間に争いない。

二、被告は、右通知処分は、土地区画整理法第七七条第一項「公共施設の変更若しくは廃止に関する工事を施行する場合」に該当し、同条第二項に基いてなしたものであると主張するのでこの点につき判断するに、前記当事者間に争いのない事実及び証人長田道和、同平松滝治の証言を綜合すると、和歌山市伝法橋南ノ丁一番地宅地二、五二二坪四勺はもと訴外大和紡績株式会社が所有し、地上に建物を建設し所有していたが、戦災により右建物は焼損し、放置されていたところ、訴外和歌山県は、昭和二三年五月二〇日右土地を将来和歌山市内において土地区画整理事業を施行する際その用に供し、公共施設又は換地用として使用する目的のもとにこれを買受けたこと、ところが原告はその頃右地上に残存していた焼損建物を買取り、和歌山県に対し右土地の借用方を申込んだので、和歌山県は将来知事において必要と認めるときは何時にても許可を取消すことがある。この場合は原告は直ちに自費をもつて右土地を原状に回復して返還する旨の条件を付して、右土地のうち一、〇〇〇坪(後に一、一一三坪七合五勺)の使用を原告に許したこと、そこで原告は右焼損建物を利用し、同所に別紙目録記載の物件その他の四棟の建物を建設し、これを使用して倉庫業を営んでいること、以上の各事実を認定することができ右認定に反する証拠はない。

三、そして被告が特別都市計画法に基く土地区画整理事業を施行していたことは当事者間に争いがないから、同法の廃止に伴つて同事業は土地区画整理法施行法第五条により土地区画整理法第三条第四項の土地区画整理事業となり、同法が適用されることとなつたものであるところ、前記認定事実によると、本件土地は、私人である原告が自己所有の倉庫或は事務所等の敷地として使用しているものであつて、従つて同土地は同法第二条第五項所定の「公共施設」の用に供する土地には該当せず、むしろ同条第六項所定の「宅地」に該当するものといわねばならない。そして前記当事者間に争いなき事実によると、本件和歌山都市計画は当初湊北公園を和歌山市湊紺屋町二丁目地域内に設置することとしていたが、その後右都市計画事業は変更され、右公園は同市伝法橋南ノ丁地域内に設置されることになつたというのであるから、本件は、右変更された都市計画事業決定に基き前記「宅地」たる本件地上に新たに公共施設である湊北公園を設置する工事を行う場合とみるべきである。

四、以上の事実関係のもとで、本件が、土地区画整理法第七七条第一項所定の「公共施設の変更に関する工事」を行う場合に該当するかどうかを判断するに、被告は、同規定は、現に公共施設の用に供されている土地上の物件を、右公共施設の廃止又は変更を理由として除却する場合だけでなく、新に公共施設を設置する際、その予定地上にある物件を除却する場合にも適用があると主張する。よつて考えるに前記法条は同法の他の法条との関連して考えるならば、新に公共施設を設置する場合に障害となる物件を、単に都市計画において公共施設を設置することに決定されたということのみを理由として排除することができるとする、いわば公共施設を設置するについての先駆的手続を規定したものと解することはできないのであつて、従つて同条は必然的に、すでに設置されている公共施設を廃止又は変更し、その結果存置することの許されなくなつた右廃止前の公共施設の用に供する土地上の物件を除却することができるとするいわば公共施設を廃止又は変更した後の事後的な処置を規定したものと解せざるを得ないのである。このことは、同条に、右場合と併列的に規定されている他の場合、即ち仮換地を指定した場合、或は従前の土地について使用収益を停止させた場合等の従前の土地に存する物件に対する除却の場合と対比して容易に肯定することができるばかりでなく、若しこのように解しないならば都市計画において公園敷地と決定された「宅地」については、ただその理由のみで、建物等その地上物件が除却され、事実上土地区画整理法上の換地を与えられないこととなり、同法の精神に反し、とうてい容認することのできない結果を生ずることからみても明らかであるといわなければならない。

すると本件の場合は、土地区画整理法第七七条第一項「公共施設の変更に関する工事を施行する場合」に該当しないものといわねばならない。

五、そして本件において、更に同法第七七条第一項所定のその他の場合に該当するとする点の主張立証はない。即ちその他の場合の一つである「仮換地若しくは仮換地について仮に権利の目的となるべき宅地若しくはその部分を指定した場合」を主張するものでないことは、被告において昭和二六年一月六日、本件土地については換地を交付しない旨の換地計画を決定したと主張している点からみても明らかであるといわねばならない。又同項の、「従前の宅地若しくはその部分について使用し若しくは収益することを停止させた場合」についても、その要件について何等の主張立証はない。

六、つぎに被告は、原告は本件土地上に借地権を有しない不法占有者であるから、本件通知処分は許されると主張するが、原告が同土地について借地権を有するかどうかの判断はさておき、仮に被告主張のとおり原告に、右のような権利がないとしても元来土地区画整理事業の施行者が、その区域内の土地上の物件に対し除却をなすことができるのは、前記土地区画整理法第七七条をその唯一の根拠とするものであつて、同条の要件を具備しない以上、たとえ同物件の所有者が同土地所有者との関連において不法占有者の立場にあるとしても、同条に基く除却はこれをなし得ないものと解すべきであるから、原告の本件土地占有が不法占有であるという理由のみで建物等除却通知処分をすることはできないものといわねばならない。

七、すると爾余の点を判断するまでもなく、本件建物等除却通知処分にはその要件を具備しない違法があるものというべく、同処分の取消を求める原告の本訴請求は理由がある。よつて同請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷野英俊 井上孝一 大西浅雄)

目録

一、建物等の所在地 和歌山市伝法橋南ノ丁一番地

二、建物等の構造その他

1 木造スレート葺平屋建(事務所)二〇、七五坪

2 附属物

イ、有莉鉄線付板囲二三、五間(在来公園敷地内にある部分を含む)

ロ、コンクリート製門柱四基(木製扉を含む)

ハ、樹木

ニ、その他

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